こんばんは。久しぶりに佐土原です。
いよいよ明日はクリスマスイブですね。学校も明日までというところも多いようなので、リア充の方々は、コロナ対策を万全にしてお楽しみください。
さて、今回は「目線の高さ」について書いていこうと思います。
皆さん、「大学入試は高校1・2年が大事」という話を聞いたことはありませんか?
もちろん、入試に出る内容が高校1・2年生で習い終わることに大きく関係するのですが、それを言い換えると「高校3年生までにどのくらいの準備をしているか?」が大切だということになります。
この「準備」をさらに言い換えるならば、「努力量」となりますので、「大学入試は高校1・2年でどれくらい努力したか?」が大切だということになります。
「努力」は日々積み上げていくしかないもので、努力の「時間」と「質」を「他人(ライバル)以上に」上げることが「努力量」を増やすためには必要です。
しかし、多くの人は日々の努力量を「自分のものさし」で判断しがちです。その結果、「このぐらいで良いだろう」と人それぞれの努力量になり、成績も人それぞれになります。
ここで大切なのが、「目線の高さ」です。
現役生の場合、大学入試は「経験したことがないもの」ですので、その難易度や合格に必要な努力量は「想像する」しかありません。その「想像する」際のもとになるのが、各人の「目線の高さ」というわけです。
「目線」が高ければ、実際に合格するために必要な努力量を超えることができます。逆に「目線」が低ければ、必要な努力量に足りないことになります。
多くの高校生を見ていて、この「目線の高さ」の違いを痛感します。
勘違いしてはいけないのが、この「目線の高さ」は「才能」とは全く関係ないということです。時々、「あの子は頭(成績)が良いから、目線が高いし努力できる」と考えている生徒がいますが、大きな間違いです。正しくは「あの子は目線が高いから、努力する結果頭(成績)が良い」です。
わかっていると思いますが、ここでいう「目線」は「目標」ではありません。
イメージ的には「危機管理」に近いものです。
「目線の高さ」は一朝一夕では変えることができませんので、高校生活で徐々に上げていってほしいと思います。高校生活で身に付けた「目線の高さ」は社会人になって非常に役に立ちます。
「このぐらいでいい」なのか。「このぐらいじゃダメ」なのか。
早速明日から、ちょっとだけ「目線」を上げて行動してみましょう。